いじめられる人を養護するつもりの人がいじめの加害者になっているのをなんとかしたい件。

おはようございます。きりんしまうま@kirinshimauma99です。

先日テレビで、山口もえさんが、

「3年間いじめられていたとしても、90年生きると考えたら、いじめられていた3年間なんてほんの一瞬だ」

というような発言をして、その発言に批判が殺到していました。

批判している人の主張としては様々なのですが、例えば、

  • いじめは辛くて死者も出るような深刻な問題だから、「一瞬」という言葉でまとめられるほど軽くみられては困る
  • そんなこというならオマエが実際いじめにあってみるがいい
  • いじめの渦中にいる人から見れば「一瞬」で片付けられるような問題ではない

など、

  • いじめは重大な社会問題である
  • いじめの辛さは体験してみないとわからない

等の概念が前提となる主張をしてるわけです。

で、何がおかしいかって、

これをSNSなどの拡散力のある媒体を使って発信して、

批判的、時には暴力的ですらある言葉をどんどんエスカレートさせる事によって、

山口もえさんをいじめている

ってことです。

そう、批判している側からすれば、正論を発信しているだけなのでしょうが、

みんなが寄ってたかって過激なこと言うから、拡散させるから、

いじめられる側を弁護する(過激な)発言によっていじめの加害者になっているんです。

誰も悪くないのに起こる、「いじめ」という現象

加害者意識をもって、批判をSNSで流している人はあまりいないのでしょう。

みんないじめは重大な社会問題だ、って認識しているからこその発言ですからね。

かつ、発端の発言をした山口もえさんにだって悪気は無いはずです。

むしろ、今、いじめの渦中にある人に対して、

「人生は90年もあるんだ」という別の俯瞰的な視点を与え、

「90年」に対する「3年」という期間の長さを「一瞬」という言葉で表現したに過ぎません。

この「人生90年」という俯瞰的な視点を提案することで、いじめの渦中にいる人に、少しでも希望をもってもらおうとした、というのが発言の真意ではないでしょうか。

決して「いじめ」が「一瞬」であると言っているわけではないのです。

それを「いじめが一瞬」というふうに(わざとではないけど)解釈し、

自分の間違った解釈に基づく批判的な意見を、

SNSという強い拡散力のある媒体で発信する人が多数いるんです。

だからいじめがなくならないんだな、って悲しくなります。

過激な発言を左から右へ拡散している暇があったら、ちょっとアタマを使って考えて欲しい。

自分の発言が社会に及ぼす影響について。

自分の発言が誰かの役に立ったり、誰かを幸せにしているのかについて。

自分の発言と行動により引き起こされるその結果に、本質的にどういう意味があるのかについて。

考える前提となる知識を蓄えるために、学生は幅広い分野のことを勉強するんだし、

大人になったら社会に出て実経験も積みながら、さらに自分の懐を広げていく。

子どもたちには教育という形で、「物事の本質を見る」ということを教えないといけない。

「物事の本質を見られる人」

「他人の発言の真意をきちんと汲み取り、適切な行動ができる人」

こういう人間をつくる教育、こういう人間になるための本質的な勉強に、みんなもっと積極的になるべきだときりんしまうまは思います。

「いじめは悪い!」と声高に叫ぶだけではいじめは無くならない。

むしろその行為自体ががいじめになりうるからです。

おしまい。

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